客観的な統計において和歌山県が首位であるにもかかわらず、なぜ世間一般には「みかんといえば愛媛」という認識が深く根付いているのでしょうか。この現象には、歴史的経緯と産業構造の明確な理由が存在します。
かつて昭和40年代から50年代にかけて、愛媛県は温州みかんの生産量で全国1位の座に君臨していました。当時全国に放映されたポンジュースのテレビCMや「蛇口からみかんジュースが出る」という巧みな観光PR戦略は、日本人の集合的無意識に「みかん=愛媛」という強烈な記号を刻み込みました。
しかし、決定的な違いは「温州みかん単体の戦い」か「柑橘類全体の戦い」かという生産戦略の分岐点にあります。
愛媛県は、1990年代以降の温州みかん価格低迷期において、他の産地に先駆けて「品種の多様化」へ舵を切りました。伊予柑(いよかん)をはじめ、不知火(デコポン)、せとか、甘平(かんぺい)、紅まどんなといった高級中晩柑類の品種改良と栽培に注力した結果、柑橘類全体の収穫量および品目数シェアでは愛媛県が全国屈指の首位を走り続けています。
すなわち、「コタツで手軽に皮をむいて食べる温州みかんの絶対王者」が和歌山県であるのに対し、「年間を通じて多彩な高級柑橘を送り出す柑橘王国」が愛媛県であるという住み分けが成立しています。この違いが、消費者の認知と実際の統計データのギャップを生み出す最大の要因です。