おしら様の存在感を決定づけたのが、湯婆婆の部屋がある最上階へ向かうエレベーターのシーンです。人間であることがバレれば即座に捕らえられる危機的状況において、おしら様は千尋の気配を察知しながらも、その大きな体で背後の千尋を覆い隠し、見張りの役人(蛙男)から守り抜きました。
なぜ、おしら様はこれほどまでに千尋へ優しく接したのでしょうか。作品の演出意図と民俗学的視点から分析すると、主に3つの理由が浮かび上がります。
第一に、千尋が最初に見せた「礼儀正しさ」です。エレベーターに乗る際、千尋はおしら様に対して深々とお辞儀をし、神様に対する敬意を払いました。油屋で働く者たちが欲や労働に追われるなか、穢れのない純粋な敬意を示した千尋に、神としての慈悲が働いたと考えられます。
第二に、おしら様が元来持つ「弱者や少女を見守る神性」です。民間伝承において、おしら様は家の守り神であり、特に家の女性たちによって大切に祀られてきた歴史があります。異界に迷い込み、懸命に生きようとする幼い少女の姿に、神としての庇護本能が働いた描写となっています。
第三に、千尋が放つ「人間特有の純粋な魂の輝き」です。腐れ神(名のある河の神)が千尋の献身的なもてなしによって浄化されたように、上位の神々は千尋の持つ濁りのない本質を見抜いていました。おしら様がエレベーターを降りる際に見せた穏やかな会釈は、千尋に対する確固たる承認の証でした。