日本全国にこれほど極端に少ない苗字が存在する根本的な背景には、1875年(明治8年)に発令された「平民苗字必称義務令」の歴史的経緯があります。
当時、すべての国民が苗字を公称することを義務付けられましたが、短期間での届け出を迫られた庶民の対応は地域によって千差万別でした。苗字が少ない順にその発生理由を紐解くと、主に4つのルートに分類できます。
第1に、極めて狭小な地域の小字(こあざ)や自然地形に由来するケースです。集落の特定の谷、崖、特定の木が生えている場所などを苗字にしたため、その集落の1軒しか名乗らなかったというパターンです。
第2に、寺院・神社の宗教的職掌や仏教用語に由来するケースです。僧侶や神職が独立した際、経典の文言や儀式の名称から独自の漢字を組み合わせて名乗ったため、広がりを持たずに現代へ残りました。「降魔(ごうま)」「神教(こうのり)」などがこれに該当します。
第3に、明治初期の役場における「書き損じ・当て字」の固定化です。寺子屋を出たばかりの村役人や戸籍係が、住民から口頭で伝えられた苗字を誤った漢字で台帳に書き写し、そのまま公的な戸籍として登録されてしまった記録が少なからず存在します。後に訂正することなく何代も続いた結果、独自の1世帯だけの苗字が形成されたのです。
第4に、近代以降の帰化に伴う新姓の創設です。前述の「辺銀(ぺんぎん)」姓のように、日本国籍を取得する際に当事者の強い意志や個性を反映して考案された苗字は、当然ながらその初代家族しか名乗る者がおらず、全国1世帯の超希少姓となります。