東京女学館が「名門お嬢様校」として別格の扱いを受ける根本的な理由は、その類まれな創立史にあります。1887年(明治20年)、当時の内閣総理大臣・伊藤博文をはじめ、渋沢栄一、岩崎弥之助、外務大臣・井上馨といった明治近代化の主役たちが結成した「女子教育奨励会」が母体となり、翌1888年に開校しました。鹿鳴館時代、諸外国の外交官と対等に渡り合える知性と気品を備えた近代女性を育成することが国家的な悲願であり、その最高峰の教育拠点として誕生した歴史的経緯が存在します。
現在キャンパスを構える渋谷区広尾三丁目は、各国の大使館や緑豊かな有栖川宮記念公園が近接する屈指の文教エリアです。この閑静な立地が育む東京女学館の広尾校風は、「諸国の人々と対等に交際し得る気品と知性を備えた女性の育成」という建学の精神を色濃く反映しています。生徒たちは毎朝、校門で立ち止まり深々とお辞儀をして校舎に入ります。派手さを競い合うのではなく、立ち居振る舞いの端々に漂う「凛とした育ちの良さ」が、学校全体に穏やかで落ち着いた空気感をもたらしています。
そして、この格式を視覚的に象徴しているのが、全国的にも屈指の知名度を誇る伝統の制服です。昭和初期に制定されたセーラー服は、深い紺色の上衣に青のライン、そして何より胸元にきゅっと結ばれた純白のシルク製「白スカーフ」が際立ちます。あらかじめ結び目の作られたイージースカーフではなく、毎朝生徒自身が手で丁寧に結ぶ形式を守り続けており、この白スカーフを端正に結べるようになること自体が、生徒たちにとって自立と誇りの証となっています。街で見かける姿の美しさに憧れて門を叩く受験生が後を絶たないのも、極めて自然な現象です。