臨死体験者が語る特異な視覚・感覚体験は、脳内の特定部位における血流低下と神経伝達物質の急激な変動によって論理的に説明が可能です。神秘的に思える各現象の背景には、明確な神経生理学的プロセスが存在します。
まず、自らの肉体を上空から見下ろす「体外離脱(幽体離脱感覚)」の真相についてです。スイス連邦工科大学(EPFL)の神経学者オラフ・ブランケ教授らの研究では、視覚、前庭感覚(平衡感覚)、体性感覚を統合する脳の「右側頭頭頂接合部(TPJ: Temporoparietal Junction)」に電気刺激を与えたり血流不全が起きたりすると、脳が「自分の身体が空間のどこにあるか」を正しく認識できなくなり、意識が肉体から数メートル浮遊したような錯覚が生じることが実証されています。
次に、暗闇の中で一点の強い光に向かって進む「光のトンネル」が生じる理由は、網膜および後頭葉の視覚野への血流低下に起因します。心停止に伴い眼球内の血圧が低下すると、網膜の周辺部から徐々に視覚情報が失われ、中心部だけが見える「求心性視野狭窄(トンネルビジョン)」が発生します。同時に視覚野の神経細胞が酸欠によって無秩序に発火することで、中心部の明かりが強い光の放射として知覚される仕組みです。
走馬灯が起こる原因については、生命の危機を感じた脳幹の青斑核からノルアドレナリンが大量に放出され、記憶を司る海馬や情動を司る扁桃体が極限まで活性化することが引き金となります。これに加え、死の苦痛を和らげる生体防御反応として脳内麻薬と呼ばれるエンドルフィンや内因性カンナビノイドが大量に分泌される(脳の酸欠とエンドルフィン説)ため、強烈な多幸感や「人生の記憶が一瞬で再生される」感覚が生み出されると考えられています。