事件当時、バグダッド市内のホテルで香田さんを目撃した関係者や現地通信員の証言からは、彼が直面していた過酷な現実が浮き彫りになっています。
長距離タクシーでバグダッドに到着した香田さんは、事前に宿の手配を行っておらず、中心街の安ホテルを訪れました。しかし、所持金がごくわずか(日本円にして数万円程度)であったこと、そして危険を察知したホテルの支配人から「日本人を泊めればホテルごと襲撃される危険がある。すぐにアンマンへ引き返せ」と宿泊を拒否されたことが確認されています。
退路を断たれ、夕暮れ時のバグダッド路上に放り出された香田さんは、極度の疲労と混乱の中にありました。現地ガイドも通訳も伴わず、英語やアラビア語も片言であった若者が、武装グループや誘拐ブローカーの張り巡らされた監視網から逃れる術はありませんでした。目撃されたわずか数時間後に連れ去られたと見られています。
インターネット上の掲示板(当時の2ちゃんねる等)やコミュニティでは、「国家に多大な税金を使わせた」「警告を無視したのだから自業自得だ」という苛烈な書き込みが連日何万件も溢れかえりました。しかし、その声の大半は現地の地政学的リスクの冷酷さを肌で知る者の言葉ではなく、安全地帯から放たれた道徳的非難でした。現地を知るジャーナリストたちからは「危険に対する知識不足は明白だったが、一人の若者が無惨に殺害されて当然とされる空気には背筋が凍る」という悲痛な現場の声も上がっていました。