鳩山家の政治家としての歩みは、19世紀末の明治期にまで遡る。藩政時代の武士の家系から身を起こし、米エール大学で法学博士号を取得した鳩山和夫がその初代である。和夫は衆議院議長や東京専門学校(現在の早世話大学)校長を歴任し、近代日本の法制度と高等教育の基盤づくりに深く関わった。
和夫の妻・春子もまた、共立女子大学の前身である共立女子職業学校の創設に参画した教育者であり、この段階で「知的エリート」としての鳩山家のブランドが確立された。単なる権力闘争の当事者ではなく、学問と教育を背骨に持つという家風は、その後の世代にも一貫して受け継がれる大きな特徴となっている。