多くのファンや映画関係者が関心を寄せるのが、竹内力 路線変更 理由です。順風満帆に見えたトレンディ俳優の道を歩んでいた竹内が、なぜ1990年代半ばから急激な肉体改造とコワモテ路線へ舵を切ったのでしょうか。
テレビ特番のインタビューや自著・過去の取材記録において、竹内自身はこの転換期について率直な言葉を残しています。当時を振り返った証言によると、竹内は20代後半の時点で「爽やかな二枚目役なんて、毎年若い新人が次から次へと入ってくる。替えがきく存在のままでは30代、40代になったときに生き残れない」という強烈な危機感を抱いていました。
当時、日本映画界やテレビ界は大手製作会社のシステム変動期にあり、台頭してきたのがオリジナルビデオ(Vシネマ)市場でした。竹内はこの新興市場に勝機を見出します。1992年にスタートした『難波金融伝 ミナミの帝王』シリーズへの出演を機に、単なる役作りを超えた徹底的な自己改造に着手しました。
ジムでのハードなウエイトトレーニングと高タンパクな食事制限によって体重を20kg近く増量。さらに日焼けサロンで肌を焼き、髪をオールバックに固め、オーダーメイドのド派手なスーツを身に纏うことで、圧倒的な迫力を持つ「萬田銀次郎」のビジュアルを創り上げました。この竹内力 ミナミの帝王 ギャップこそが、過密なレッドオーシャンを脱出し、誰にも真似できないブルーオーシャンを切り拓くための高度な戦略だったのです。