ネット上のQ&Aサイトやまとめフォーラムにおいて定期的に浮上するのが、「ドレミファどーなっつ 最終回で島が水害に遭って全員が離散した」「誰かが亡くなるバッドエンドだった」という不穏な言説です。長年のあいだ、一部コミュニティでトラウマ作品のように語られることもありました。
しかし、当時の放映テープや新聞の縮刷版、NHKアーカイブスが保持する番組台帳を調査した結果、この噂は完全に根拠のないデマ・混同であることが立証されています。
実際の最終回(本放送:1999年4月3日、衛星枠等の終了:2000年4月1日)で描かれたのは、極めて平穏でいつまでも続く友情を象徴する幕引きでした。春の陽光が降り注ぐどーなっつ島で、みど、ふぁど、れっしー、そらおの4人がこれまでの思い出を語り合い、「明日もまたこの場所で遊ぼう」と屈託のない笑顔で手をつなぎ、視聴者の子どもたちに向けて自然体で手を振るという演出でした。別れの言葉すら仰々しく語られることはなく、子どもたちの日常が明日も明後日も続いていく余韻を残した名エンディングです。
ではなぜ、このような暗い噂が流布したのか。背景には、1980年代の人形劇『チロリン村とくるみの木』のダム水没設定や、他局の児童アニメの最終回トラウマエピソード、あるいは『にこにこ、ぷん』最終回におけるオーストラリア移住計画のエピソードなどが、ネットユーザーの記憶の過程で無秩序に混ざり合い、増幅された結果であると分析されています。