学習院大学文学部イギリス文学科に学ばれていた甯子内親王が、近衞忠煇氏とご結婚されたのは1966年(昭和41年)12月18日のことでした。当時22歳だった甯子内親王の婚姻は、戦後生まれの内親王として大きな注目を集め、華やかなニュースとして日本中を沸かせました。
忠煇氏は学習院大学からスイス・ジュネーブ大学へ留学後、日本赤十字社に入社。当時、名門貴族の跡取りでありながら一民間組織の職員として地道な人道支援活動に従事する忠煇氏の姿勢に、三笠宮ご夫妻も全幅の信頼を置かれていたと伝えられています。
皇室典範第12条の規定に基づき、皇族以外の男子と結婚したことで皇籍を離脱し、「近衛甯子」となられた後も、夫の海外勤務や赤十字活動を陰日向となって支え続けられました。忠煇氏が後に国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の会長に就任した際にも、卓越した英語力と洗練された国際儀礼(プロトコール)への深い理解をもって夫の外交団務をサポートし、日本の民間外交に多大な貢献を果たされたのです。