大正時代の出産実態とは?自宅分娩の過酷な真実と産婆の知られざる歴史

大正時代の出産実態とは?自宅分娩の過酷な真実と産婆の知られざる歴史

大正時代の出産実態とは?自宅分娩の過酷な真実と産婆の知られざる歴史とは一体何なのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

大正時代における出産費用の相場は、現代の価値基準とは大きく異なっていました。大正中期(1920年前後)、産婆に支払う謝礼(介助料)はおよそ3円から5円程度が相場でした。当時の小学校教員の初任給が40〜50円程度であったことを踏まえると、月給の1割程度に相当し、庶民にとっても決して軽視できない出費でした。

これが大学病院や私立の近代産科病院に入院しての出産となると、入院費や医師の手術料を含めて30円から50円以上の高額な費用が必要となり、一般市民の手には到底届かない高度医療でした。

しかし、明治から大正にかけて、日本の周産期医療は急速な構造転換を迎えます。明治期に導入されたドイツ医学をベースに、帝国大学をはじめとする高等医療機関で近代的な産婦人科講座が確立。帝王切開や鉗子分娩といった外科的処置の技術が向上し、大正デモクラシーの気風の中で都市部を中心に近代的な産院が開業していきました。公衆衛生思想の普及に伴い、産婆に対する再教育や手指消毒の徹底が義務付けられたことも、その後の周産期死亡率改善への確かな布石となりました。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。