横山裕の幼少期は、壮絶という言葉すら生ぬるいほどの苦難に満ちていた。幼少期に両親が離婚し、引き取られた先での生活環境は決して恵まれたものではなかった。中学を卒業した直後、彼は建設現場の作業員として社会に出て、肉体労働で汗を流しながら家計を支え始めた。
その後、関西ジャニーズJr.としての活動が本格化してからも、長男としての責任感がブレることはなかった。自分の服を買うお金すら切り詰め、弟たちの将来のために資金を蓄えた。「自分は中卒で苦労したからこそ、弟たちには大学へ行って選択肢のある人生を歩んでほしい」。その強い意志が、過酷な芸能界を生き抜く原動力となっていたのだ。