18年間もの長きにわたり真相が解明されなかった背景には、2000年代半ば特有の捜査環境の限界がありました。
第一に、街頭防犯インフラの未整備です。事件当時の2006年は、現在のように防犯カメラやドライブレコーダーが街中に張り巡らされておらず、犯人の逃走経路や車両の特定が極めて困難でした。警察庁の犯罪統計を振り返っても、当時は「物証なき通り魔事件」の初動捜査が極めて難航する傾向にありました。
第二に、直接的物証の少なさが挙げられます。現場に遺留された犯人のDNA型や指紋が極めて微量であったこと、また犯行に使用された凶器の発見に至らなかったことが、被疑者特定のハードルを著しく高めていました。
第三に、2010年の公訴時効撤廃による影響です。かつて殺人未遂罪の公訴時効は15年でしたが、法改正により殺人罪の時効撤廃とともに重大事件の時効期間が見直され、捜査機関が長期間にわたって粘り強く追尾・再捜査を行える法的基盤が整っていたことが、最終的な立件を支える決定打となりました。