現在では日本を代表するボーカリストとして知られるTERUですが、GLAYの函館結成秘話において、当初はボーカルではなくドラマーとしてバンドに関わっていた事実はファンの間で有名です。
高校時代、リーダーのTAKUROとTERUは別々のバンドで活動していましたが、TAKUROがTERUの所属するバンドの音源を聴いた際、録音されていたTERUの「仮歌」の声の抜けの良さと突き抜けるハイトーンに衝撃を受けました。TAKUROはドラムではなくボーカルとして彼を強く口説き落とし、1988年にGLAYが結成されることになります。
上京後の下積み時代は、四谷フォーバレーや神楽坂ディメンションなどのライブハウスで地道な活動を続けました。当時は自ら機材車を運転し、チラシ配りや宣伝活動を行う苦労人でもありました。当時のGLAY TERUの昔の写真を見ると、ステージ衣装を脱いだプライベートでは非常に素朴で人懐っこい笑顔を見せており、その飾らない人柄がバンドの強固な結束を支えていたことがうかがえます。