『からすのパンやさん』の物語の舞台は、美しい緑が広がる「いずみがもり」のからすの町です。パンやさんを営む夫婦のもとに、オモチくん、レモンちゃん、リンゴちゃん、おチョコくんという4羽の赤ちゃんが誕生します。白、黄色、赤、茶褐色と、それぞれ個性的な羽の色を持つ子どもたちの誕生は大歓喜で迎えられましたが、ここから夫婦の過酷な子育てと仕事の両立が始まります。
子育てに追われるあまり、パンを焦がしたり生焼けにしてしまったりと失敗が続き、店は次第に荒れ果てて客足が遠のいてしまいます。しかし、この絶体絶命のピンチを救ったのは、子どもたち自身でした。お父さんがおやつとしてくれた「焦げたパン」や「型崩れしたパン」を子ガラスたちが外で美味しそうに食べていると、森の友だちが集まり「僕たちにも売って」と大評判になります。
子どもたちの純粋な発想にヒントを得たパンやさん一家は、家族全員で力を合わせ、驚くほどユニークで美味しいパンを次々と焼き上げていきます。やがて森中のからすたちが詰めかける大騒動へと発展し、店は大繁盛を取り戻すのです。
本作が不朽の名作として愛され続ける最大の理由は、「子どもを決して未熟な庇護対象として描かず、問題を主体的に解決する頼もしいパートナーとして描いている点」にあります。作者のかこさとし氏は、東京大学工学部を卒業した工学博士でありながら、川崎市のセツルメント(地域社会福祉活動)で20年以上にわたり子どもたちと直接触れ合い、紙芝居や絵本の創作を行ってきました。当時の手記やインタビューにおいて、かこ氏は「子どもは大人が思う以上に観察力があり、生きる力と知恵を持っている」と語っています。その揺るぎない人間観と子どもへの敬意が、物語の根底に温かなリアリティを与えています。
そして何より、見開きいっぱいに並ぶ「からすのパンやさん パンの種類一覧」の圧倒的なワクワク感です。かにパン、たこパン、テレビパン、じどうしゃパン、バイオリンパン、かみなりパンなど、その数なんと84種類以上。細部まで描き込まれたパンを指差しながら「どれを食べたい?」とおしゃべりを弾ませる体験こそが、読者の原体験として深く刻まれています。