19世紀から20世紀前半にかけて、日本を含む世界各国で結核は「亡国病」「国民病」と恐れられるほどの猛威を振るっていました。結核菌は主に肺を侵しますが、血液やリンパ液を介して骨や関節へと転移します。その骨結核の中で最も頻度が高かったのが、脊椎に病巣を作る脊椎カリエス(英名:Pott's disease / ポット病)です。
脊椎カリエスを発症すると、結核菌によって椎体が内部から徐々に破壊され、自重を支えきれなくなった骨がクサビ状に圧潰します。その結果、背骨が急激に折れ曲がるように後ろへ突き出し、強烈な亀背を形成しました。当時の医療水準では有効な抗生剤が存在せず、安静療法やギプス固定しか対抗手段がなかったため、骨の崩壊を食い止めることが困難でした。発症した患者は慢性的な激痛に耐え、神経圧迫による下半身麻痺や呼吸機能低下と闘いながら生きることを強いられたのです。
一方、乳幼児期に発症して骨格の変形をもたらしたのが「くる病」です。産業革命期のヨーロッパのように、工場から出る煤煙で太陽光(紫外線)が遮られた都市部や、貧困による極端な栄養不足に喘ぐ地域で爆発的に流行しました。ビタミンDの欠乏やカルシウムの吸収不全により、成長期の骨にカルシウムが沈着せず骨が軟化するため、体重がかかることで脊柱や下肢が大きく歪んでしまったのです。
文豪ヴィクトル・ユゴーの名作『ノートルダム・ド・パリ』に登場する鐘つき男・カジモドの身体的特徴や、昭和初期までの日本文学・手記に描かれた人物の背景には、こうした衛生環境や栄養格差、結核蔓延という過酷な時代背景が色濃く反映されています。