中国史上最恐の極刑「凌遅刑」の真相|千刀万剐の歴史と廃止理由

中国史上最恐の極刑「凌遅刑」の真相|千刀万剐の歴史と廃止理由

中国史上最恐の極刑「凌遅刑」の真相|千刀万剐の歴史と廃止理由の見逃せないポイントをわかりやすく整理しました。

凌遅刑の歴史において、最も痛ましく衝撃的な事例として語り継がれるのが、明代末期の防衛英雄・袁崇煥(えんすうかん)の処刑です。

袁崇煥は、強大な後金(のちの清)の軍勢から明の領土を死守した名将でした。しかし、敵将・ホンタイジの仕掛けた離間工作(スパイの偽情報)に嵌まった崇禎帝により、国家反逆の濡れ衣を着せられてしまいます。1630年、北京の市場において袁崇煥には凌遅刑が下されました。

当時の記録によると、冤罪であることを知らされていない北京の民衆は、袁崇煥を「国を売った大罪人」と信じ込み、処刑場を取り囲みました。執行人が彼の体から切り落とした肉片は、その場で怒り狂う群衆に配られ、生肉のまま民衆によって貪り食われたと記されています。英雄として国家に尽くしながら、最期は肉体を削がれ民衆の憎悪の対象となったこの事件は、凌遅刑が持つ集団心理の狂気と政治的プロパガンダの残酷さを物語っています。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。