ウェブ上のレシピやSNSの投稿において、「タラの芽のトゲは油で揚げれば跡形もなく溶けるから放置でよい」という大雑把な情報が散見されます。しかし、この主張には植物生理学的に重大な誤解が含まれています。
タラの芽が芽吹いてから日数が経つにつれて、トゲの基部にはリグニンと呼ばれる高分子フェノール物質が沈着します。リグニンは木材の強度を支える主成分であり、水や熱に対して極めて高い耐性を持ちます。天ぷらの揚げ油の温度(約180度)や調理時間(1〜2分)程度では、リグニン化したトゲの結合が熱分解されることはありません。つまり、先端の細い軟毛部分は焦げて消滅したように見えても、最も硬いトゲの芯や根元の突起はそのまま残存しているのです。
実際にミシュラン星付きの日本料理店や老舗天ぷら専門店の厨房では、新芽のサイズを問わず、例外なく包丁の背でトゲを丁寧にこそげ落とす工程が徹底されています。熟練の職人が手間を惜しまない理由は、お客様の口内を傷つけないという安全管理の観点に加え、トゲが残っていると舌の触覚神経が不快なザラつきを感知し、タラの芽本来の滑らかなとろみと繊細なテクスチャーが損なわれてしまうからです。
「熱で溶ける」という俗説は、ハウス栽培されたトゲのないメダラを調理した経験から生まれた思い込みに過ぎません。天然のオントゲを調理する際には、この誤った情報を鵜呑みにせず、数分の下処理を惜しまない姿勢が仕上がりの明暗を分けます。