映画『耳をすませば』における最大の見せ場であり、同時にネット上で激論を呼び続けているのが、物語終盤で聖司が雫に明かした「図書カードの秘密」です。学校の図書館で雫が借りる本の図書カードに、いつも自分の名前「天沢聖司」が先に書かれていた理由について、彼は屋上でこう告白します。
「お前をずっと見てた。図書館で何度もすれ違ってたんだぜ。となりに座ったこともあるんだ。お前が気づくより先に、図書カードでお前を覚えたんだ。それで、図書カードに名前を書くために、ずいぶん本を読んだんだから」
この名告白に対し、鑑賞者の受け止め方は世代や時代背景によって真っ二つに分かれています。当時の少女漫画的なピュアな恋愛観に浸るファンからは「これほど一途で愛おしい努力はない」と絶賛される一方、個人情報保護やストーカー規制への意識が高まった現代社会のSNSでは「意中の相手の視界に入るために先回りして本を読み漁り、隣に座って観察していたのは客観的に見るとホラー」「策士すぎて少し背筋が凍る」といったシニカルな声も目立ちます。
しかし、近藤喜文監督やスタジオジブリ制作陣が意図したのは、悪意のある執着ではなく「思春期男子の不器用極まりない背伸び」でした。スマートフォンやSNSが存在しなかった1990年代半ば、直接声をかける勇気を持てない15歳の少年が、好きな少女の意識に自分の存在を刻み込むために選んだ唯一の手段が「図書カードを自分の名前で埋め尽くすこと」だったのです。読書量で誰にも負けたくない雫の負けん気を熟知した上での行動であり、思春期特有のプライドと純情が交錯した心理描写といえます。