開星高校を語る上で欠かせないのが、全国にその名を轟かせた野球部の足跡だ。前身の松江第一高校時代の1993年夏に甲子園初出場を飾ると、開星高校への改称後も山陰勢トップクラスのフィジカルと豪快なフルスイングを武器に勝利を積み重ねてきた。これまでに春3回、夏10回の計13回にわたって甲子園出場を果たしている。
しかし、全国的な強豪へと駆け上がるプロセスでは激しい逆風に晒された歴史もある。最も大きな社会的注目を集めたのが、2010年春の選抜高校野球大会における騒動だ。大会初戦で21世紀枠の向陽高校(和歌山)に1-2で敗れた直後、当時の野々村直通監督が放った「末代までの恥」「腹を切りたい」という発言がメディアで大々的に報じられ、高野連から厳重注意処分を受ける事態へと発展した。
批判の嵐の中で野々村氏は監督を辞任。その後、ファンの署名活動や関係者の後押しを受けて2011年に一度復帰したものの、2012年に勇退した。さらに過去の部内トラブルによる公式戦出場辞退など、激しい情熱の裏で数々の波乱を経験してきた経緯がある。
一連の騒動を経て、開星高校野球部は指導体制のコンプライアンス化とオープンな部活動運営を徹底推進。体罰や暴言を排し、自主性を重んじる現代的なスポーツ指導へと舵を切ったことで、地域の信頼を取り戻してきた。