学問の神様として崇敬を集める神社の最高峰を議論する際、必ず名が挙がるのが「日本三大天神」です。一般的には京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮の2社を双璧とし、3社目には東京の湯島天神(湯島天満宮)、あるいは山口の防府天満宮が挙げられます。いずれも菅原道真公を主祭神として祀っていますが、神社としての出自や神格化のプロセスには決定的な違いがあります。
まず、道真公の終焉の地であり、その遺骸が埋葬された御廟の上に創建されたのが太宰府天満宮です。平安時代、左遷されて非業の死を遂げた道真公の墓所そのものを起源とするため、神仏霊場としての霊験の純度は極めて高いと評価されてきました。道真公の「御霊(みたま)」が永遠に眠る聖地としての重みがあり、九州のみならずアジア圏を含む国内外から年間1,000万人規模の参拝者が訪れます。大掛かりな仮殿の意匠など、現代においても圧倒的な存在感を放ち続けています。
これに対し、都における怨霊鎮魂の国家プロジェクトとして創建されたのが京都の北野天満宮です。道真公の死後、平安京を揺るがした落雷や疫病などの変異を鎮めるため、朝廷が「天満大自在天神」の神号を贈り、国家の守護神として祀り上げたのが始まりでした。全国に約1万2,000社存在する天満宮・天神社の「総本社」としての社格を誇り、王城鎮護の格式と伝統は他を圧倒します。近世以降は幕府や朝廷の手厚い庇護を受け、公家文化や学問の中心地として栄えた歴史を持ちます。
一方、関東圏において合格祈願の代名詞となっているのが湯島天神です。南北朝時代の創建と伝えられますが、江戸時代に入り、湯島聖堂(昌平坂学問所)が近接して整備されたことで、幕府公認の学問の地としての性格を決定づけました。とりわけ東京大学の本郷キャンパスに近接している地理的要因から、近代以降は難関国公立大学や医学部を目指すエリート層の「登竜門」としてのブランドを確立。境内を埋め尽くす合格祈願の絵馬の密度は日本随一を誇り、東日本を代表する学問の聖地として君臨しています。
なお、道真公が太宰府へ配流される途上で立ち寄り、「この地に留まりたい」と願った伝承を残す山口の防府天満宮は、道真公が亡くなった翌年の延喜4年(904年)に創建された「日本で最初の天満宮」を標榜しています。歴史の古さという観点では防府こそが最古であり、西日本の受験生からは極めて篤い崇敬を受けています。