解散の引き金となった最大の事件は、ベースを務めていた高橋和也の突然の事務所解雇劇だった。1993年6月、舞台『スラブ・ボーイズ』の公演期間中という極めて異例のタイミングで下された解雇通告。事務所側は「協調性を欠く行為」などを理由に挙げたが、ファンの間では過剰なメディア報道への疑問やショックが広がった。
フロントマンとしての高橋を失った男闘呼組は、残された成田昭次、岡本健一、前田耕陽での活動継続を模索したものの、4人で作り上げる独自のライブ感こそがグループの真骨頂であった。主要メンバーの離脱はグループの生命線を断つ結果となり、結果として男闘呼組は事実上の解散状態へと追い込まれることとなった。