落語家としてスタートを切った若き日、師匠である笑福亭松之助との出会いが彼の運命を大きく変えた。弟子としての修業時代、自由な発想を重んじる師匠の教えが、型にとらわれない唯一無二の芸風を育んだという。後年、彼が恩師への感謝を語る言葉には、笑いの真髄を授かった者としての誇りが満ちている。
やがて吉本興業の看板芸人として頭角を現すと、従来の漫才や落語の枠を超越した立ち位置を確立した。個人のタレントパワーでバラエティ番組の構造そのものを塗り替え、事務所の枠組みをも超えた存在感を発揮するようになった背景には、こうした確かな師弟の絆と圧倒的な努力があった。