長年所属した名門・長良プロダクションを離れ、日本クラウン株式会社へと移籍した際も、山川の人生における大きな分岐点だった。長年慣れ親しんだ環境を飛び出す決断は、ベテランにとっても決して容易なものではない。
環境の変化は歌手活動のペースや関わるスタッフを一変させた。だが、どんな環境の変化があっても家庭の空気だけは変わらなかった。事務所の移籍問題や自身の健康問題が立て続けに押し寄せるなか、妻は常に一歩引いた場所から冷静に状況を見つめ、夫の決断を全面的に後押しした。
「自分が選んだ道を信じればいい」。口数は少なくとも、夫の歌に対する情熱を誰よりも信じていた妻の存在があったからこそ、山川は新たなレーベルでも迷いなく前進することができた。