『更級日記』の作者である菅原孝標女は、平安時代の高名な学者・菅原道真の末裔にあたる貴族の娘です。彼女は10代前半の多感な時期を、父・菅原孝標の任地であった上総国(現在の千葉県中央部)で過ごしました。当時の東国は都から遠く離れた田舎であり、彼女が夢中になっていた『源氏物語』などの王朝文学の写本は、断片的な抜き書きしか手に入らない環境でした。
作者は「早く都へ帰って、物語のすべてを最初から最後まで読みたい」と薬師仏に祈り続ける日々を送ります。やがて寛仁4年(1020年)、13歳のときに父の任期満了に伴い一家で帰京。京都の屋敷に落ち着いた後、彼女の熱烈な文学愛を知った叔母から贈られたのが、待ち望んでいた『源氏物語』のまとまった巻々でした。
紫式部が著した壮大な長編に没頭するあまり、現実の生活や信仰、将来の身の振り方を顧みなくなるほどの熱狂ぶりは、平安貴族の日常と少女の内面を鮮やかに浮き彫りにしています。