ハルク・ホーガンの名を日本プロレス史に永遠に刻み込んだのが、燃える闘魂・アントニオ猪木との宿命のライバル関係です。その頂点となったのが、1983年6月2日、蔵前国技館で開催された「第1回IWGP決勝戦」でした。
事実上の世界一決定戦として日本中が固唾をのんで見守る中、ホーガンはエプロン越しの強烈な一撃を敢行。場外へ転落した猪木はリング下で舌を出したまま意識を失い、まさかのKO負けを喫するというプロレス史に残る大波乱が起きました。騒然となる館内、慌てふためくセコンド陣、そして勝利の余韻に浸りながらも事態の深刻さに動揺を見せたホーガンの姿は、テレビ中継を通じて日本列島に凄まじい衝撃を与えました。この劇的な勝利によって、ホーガンは名実ともに世界の頂点=「一番」の座を奪取したのです。