スタジオミュージシャンとして多忙を極めていた20代半ば、劇的な運命のギアが噛み合う。細野晴臣、そして高橋幸宏という希代のクリエイターたちとの合流である。1978年、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が結成された。
当時の音楽シーンにおいて、シンセサイザーを中心としたエレクトロニック・ミュージックはまだ異端の領域だった。しかし、坂本龍一の緻密なコードワークとクラシックの素養、細野晴臣のディープなベースリズム、高橋幸宏の正確無比なドラミングが融合した瞬間、世界的な化学反応が起きる。日本発のシンセ・ポップは全米・全欧ツアーを成功させ、文字通り世界を席巻した。長髪に人民服、あるいはテクノカットでシンセサイザーの前に立ち、無表情にキーボードを叩く坂本の姿は、新時代のアイコンとして若者たちの脳裏に焼き付いた。