スピードスケート選手として1992年のアルベールビルオリンピックで銅メダルを獲得し、日本女子スピードスケート界のパイオニアとなった橋本聖子氏。日本オリンピック委員会(JOC)の要職や、自由民主党の参議院議員として激務をこなすなかで、最大の試練となったのが東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長への就任だった。
未曾有のパンデミックによる延期、組織の混乱。批判の矢面に立たされ、重圧に押し潰されそうな日々が続いた。その過酷な局面で彼女を支えたのは、ほかでもない成長した子どもたちの飾らない言葉だったという。
「母さんのやってきたことは間違っていない」「最後までやり切って」。家庭に戻れば、肩書のない一人の母親。子どもたちの存在が、彼女の精神的な防波堤となり、歴史的な大会の舵取りを完走させる原動力となった。