吉原大門の近くで生まれ育った蔦屋重三郎は、若くして貸本屋を創業し、遊郭のガイドブックである『吉原細見』の改訂で頭角を現した。持ち前のマーケティングセンスで情報を再編集し、当時の「最新トレンドブック」としてベストセラーに仕立て上げたのだ。
その後、日本橋へ進出して「耕書堂」を開店。単なる本屋にとどまらず、才能ある狂歌師や戯作者、絵師たちが集う巨大なサロンを作り上げた。幕府による松平定信の「寛政の改革」によって過酷な検閲を受け、財産の半額を没収されるという絶体絶命の危機に瀕しても、彼の創作情熱が衰えることはなかった。