島倉千代子の死因と最期の真相|肝臓がん闘病と奇跡の歌声

島倉千代子の死因と最期の真相|肝臓がん闘病と奇跡の歌声

今注目を集めている 島倉千代子の死因と最期の真相|肝臓がん闘病と奇跡の歌声について、主要な情報をご紹介しています。

島倉千代子さんの生涯を語るうえで、日本音楽史の奇跡として永遠に語り継がれるエピソードが、亡くなるわずか3日前に行われたラストレコーディングです。

2013年秋、島倉さんの病状は急速に悪化していました。医師からは余命いくばくもない旨が告げられ、スタジオへ移動することすら不可能な状態に陥っていました。しかし、島倉さんの頭にあったのは、フォーク界の巨匠・南こうせつさんに自ら依頼して制作が進んでいた新曲『からたちの小径』のことだけでした。「どうしても私の声で、この歌を形に残したい」という島倉さんの切痛な願いに応え、スタッフは前代未聞の決断を下します。

2013年11月5日、東京都港区の島倉さんの自宅リビングに、最新のポータブル録音機材とマイクが運び込まれました。ベッドから体を起こすことすら激痛を伴う状態であり、付き添う関係者全員が「一節でも声が出れば御の字だ」と固唾を呑んで見守っていたといいます。

ところが、ヘッドホンを装着し南こうせつさんの合図で伴奏が流れ始めた瞬間、現場の誰もが息を呑む光景が広がりました。直前まで息も絶え絶えだった島倉さんの背筋がピンと伸び、マイクに向かって放たれたのは、病の影を微塵も感じさせない、澄み切った鈴のような歌声でした。

当時の特番インタビューやドキュメンタリー番組で南こうせつ氏は、次のように証言しています。

「歌い始めた瞬間、部屋の空気が一変したんです。声に艶があり、信じられないほどのハリがあった。何十年も歌に命を捧げてきた神様が、最後に彼女へ降りてきたとしか思えませんでした。まさに奇跡の瞬間でした」

録音は3テイクほど行われ、島倉さんは「私の部屋がスタジオになっちゃったわね」と少女のように微笑んだといいます。そのわずか3日後の11月8日、彼女は静かに息を引き取りました。魂を削り取って吹き込まれた『からたちの小径』は、まさに自らの命と引き換えに完成させた究極の遺作となったのです。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。