極東佐藤会の名前がニュースや報道記事で大きく取り上げられてきた背景には、歓楽街を舞台にした利権争いや、対立組織との武力衝突(抗争事件)が存在します。
1990年代から2000年代にかけて、池袋・新宿歌舞伎町・渋谷などの主要繁華街では、博徒系広域暴力団(山口組系や住吉会系組織)との縄張り調整や小競り合いが度々発生しました。特に飲食店・風俗店への「みかじめ料」徴収や闇金・債権回収を巡るトラブルから、発砲事件や凶器準備集合罪での摘発が相次ぎ、佐藤会幹部や組員が逮捕される事案が頻発しました。
しかし、2010年代以降の捜査当局の戦略は「事件ごとの個別摘発」から「頂上作戦による資金源遮断と組織壊滅」へとシフト。みかじめ料の支払いを拒否した一般事業者への嫌がらせ等に対しては、組織トップに対する損害賠償請求訴訟(使用者責任の追及)が認められる司法判断が定着したことで、組織上層部への経済的打撃は決定的なものとなりました。