児玉が戦後社会で振るった権力の原動力、それは誰にも真似できない圧倒的な「資金力」でした。その源流となったのが、日中戦争から太平洋戦争期にかけて中国大陸で暗躍した児玉機関の詳細まとめに見る軍部利権です。
1941年、海軍航空本部嘱託となった児玉は、中国・上海に「児玉機関」を設立しました。表向きの任務は、海軍の軍用機製造に不可欠なタングステン、モリブデン、ラジウム、コバルトなどの希少戦略物資を現地で調達することでした。しかしその実態は、軍の威光と武力を背景に中国大陸各地から貴金属や物資を独占的に買い集め、さらにはアヘン密売ネットワークにも深く関与して莫大な利益を吸い上げる巨大な闇商社だったと伝えられています。
敗戦直前、児玉はこれらの資材や貴金属を海軍機や海軍艦艇を総動員して日本本土へと密かに運び出しました。占領軍による没収を免れたこれらのプラチナ、ダイヤモンド、工業用貴金属は、物資不足に喘ぐ戦後日本の闇市で換金され、推定で数千億円から現在価値で兆円単位に達する児玉誉士夫の資産へと化けたのです。この富を児玉は独占して蓄財するだけでなく、鳩山一郎ら追放解除された保守政治家の活動資金、右翼団体の結成費用、さらには総会屋や暴力団の懐へと惜しみなく流し込み、「児玉に頼めば資金もトラブルも解決する」という強固な権力基盤を築き上げました。