一枚の絵が二通りに見える現象を、心理学では多義図形(Reversible figure / Ambiguous image)と呼びます。その代表格として世界中で知られているのが、デンマークの心理学者エドガー・ルビンが1915年に発表した「ルビンの壺」です。中央の白い部分を注視すれば優雅な形状の壺が立ち現れ、周囲の黒い部分に意識を向けると向かい合う2人の黒いシルエットが浮かび上がります。
このルビンの壺の仕組みの根底にあるのが、ゲシュタルト心理学における「図(Figure)」と「地(Ground)」の分化という概念です。人間の視覚システムは、視界に入った輪郭線を処理する際、必ず「手前にある意味ある物体(図)」と「その背後に広がる背景(地)」を無意識に分離します。重要なのは、人間はひとつの輪郭線を「壺の縁」と「人間の鼻や唇の輪郭」という2つの役割で同時に知覚することが構造上できないという点です。どちらか一方が「図」として意識に浮上した瞬間、もう一方は自動的に意味を持たない「地」へと追いやられます。
同様のパラドックスを精緻な人物画として昇華させたのが、イギリスの風刺画家ウィリアム・エリ・ヒルが1915年に発表した『妻と義母のだまし絵(My Wife and My Mother-in-Law)』です。顔を背けた若く美しい女性の耳は老婦人の左目に見立てられ、少女のネックレスは老婦人の引き結んだ口元へと変貌します。さらに、1890年代に心理学者ジョセフ・ジャストローが広めた「アヒルとウサギの錯視」も、左を向けば嘴(くちばし)を持つ鳥、右を向けば長い耳を持つ哺乳類へと認知が激変します。
これら多義図形の見え方の理由を解き明かす鍵は、視覚野における脳の錯覚メカニズムにあります。目から入ってくる光の情報(ボトムアップ処理)は単なる明暗と線の集合体に過ぎません。脳はこの曖昧なデータを受け取ると、「これは過去に見た何に近いか?」という仮説を立て、記憶のデータベースと照合するトップダウン処理を一瞬で走らせます。多義図形は、この2つの有力な仮説(壺か顔か、若者か老人か)の確率が脳内で拮抗するように意図して設計されているため、脳のニューロン群が知覚の主導権を奪い合い、数秒ごとに知覚がシーソーのように交代し続けるのです。