北公次が残した『光Genjiへ』の真相と遺言|波乱の経歴と再評価の理由

北公次が残した『光Genjiへ』の真相と遺言|波乱の経歴と再評価の理由

北公次が残した『光Genjiへ』の真相と遺言|波乱の経歴と再評価の理由にまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。

北公次氏は1949年1月19日、和歌山県田辺市に生まれました。中学卒業後に単身上京し、芸能界への足がかりを探る中でジャニー喜多川氏と出会い、ジャニーズ事務所の初期メンバーとして活動を開始します。抜群の運動神経と表現力を備えていた北氏は、日本で初めてステージ上で「バック転」を披露したアイドルとしても知られ、日本の男性アイドル像の基礎を築き上げました。

1967年、北氏を中心に青山孝氏、江木俊夫氏、おりも政夫氏の4人で「フォーリーブス」を結成。翌1968年に『オリビアの調べ』でレコードデビューを果たすと、瞬く間に熱狂的な人気を獲得します。『ブルドッグ』や『急げ!若者』などのヒット曲を連発し、NHK紅白歌合戦には1970年から7年連続出場を果たすなど、名実ともに昭和を代表するトップアイドルグループへと登り詰めました。

しかし、1978年のフォーリーブス解散を境に、北氏の人生は暗転します。ソロ活動の難航、独立に伴う芸能界の力学によるプレッシャー、そして過去のトラウマから逃れるようにして手を出した覚醒剤により、1979年に覚醒剤取締法違反で逮捕。トップスターの座から一転して社会的な信用を失い、表舞台から姿を消すこととなりました。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。