本作が単なる勧善懲悪のファンタジーに留まらない深みを持つ理由は、ジタン クジャ 対比の構造にあります。二人はともに、テラの魔導士ガーランドによって作られた「人工の魂(ジェノム)」であり、星の命を刈り取る死神としての過酷な宿命を背負わされていました。
自分自身が他者を取り替えるための「道具」に過ぎないと知ったとき、両者の生き方は決定的に分岐します。クジャは自らに課された寿命の限界に絶望し、激しい自己憐憫と承認欲求に囚われ、「自分を認めない世界など消えてしまえばいい」と破滅的なナルシシズムへと暴走しました。対するジタンも、自身の出生の秘密を知ったDISC3のテラにおいて、一度は深い虚無と絶望に叩き落とされます。
そのジタンを救ったのが、これまで彼が見返りなく助けてきたビビ、スタイナー、フライヤ、ダガーたち仲間たちの存在でした。名曲『独りじゃない』をバックに仲間が次々と駆けつけるシークエンスは、ジタンが他者に注いできた優しさが巡り巡って彼自身の「生きる理由」を再構築する名場面です。自らの存在理由を他者からの支配や評価に求めたクジャと、他者との有機的な繋がりの中に自発的な意味を見出したジタン。この対比があるからこそ、「誰かを助けるのに理由がいるかい」という言葉は、安直なヒロイズムを超えた重みを持つのです。