秋田の事件から20年が経ち、事件報道のあり方やプライバシー保護の意識は大きく変化した。現在では、容疑者の卒業アルバムを全面的に公開し、同級生の証言をそのまま無修正で垂れ流すような報道手法は、コンプライアンスの観点から厳しく制限される傾向にある。
「国民の知る権利」や「凶悪事件の背景解明」という名目のもとで行われた過去の行き過ぎた取材。卒アルの公開は本当に公の利益に資するものだったのか、それとも単なる見せ物としての消費だったのか。メディア関係者や法学者たちの間では、今なお議論が交わされている。ジャーナリズムが踏み越えてはならない一線とはどこにあるのか、課題は残されたままだ。