指原莉乃のキャリアを語る上で最大の転機となったのが、2012年6月に報じられた週刊誌のスクープ記事です。当時AKB48の選抜総選挙で4位に躍進し、トップアイドルとしての地位を確立しつつあった矢先の出来事でした。
報道直後、総合プロデューサーの秋元康氏とともに深夜のラジオ生放送に出演した彼女は、涙ながらに事実関係を説明して謝罪。その場で福岡を拠点とするHKT48への電撃移籍が言い渡されました。通常のアイドルであれば再起不能になりかねない大打撃でしたが、指原莉乃はここから驚異的な粘り強さとタフネスを発揮します。
HKT48ではプレイングマネージャー的な立ち位置で後輩たちを育成し、持ち前のトーク力でグループ全体の知名度を引き上げました。スキャンダルを隠すのではなく、バラエティ番組で自虐ネタや笑いに昇華させるという前代未聞の立ち回りを確立。翌2013年の選抜総選挙では見事に初の1位を獲得し、前代未聞の復活劇を成し遂げました。この一件は、彼女の強固なメンタルと卓越したメディア対応力を決定づける出来事となりました。