清楚で可憐な娘役としてキャリアをスタートさせた吉行和子が、日本を代表する本格派演技派へと飛躍を遂げた決定的瞬間が、1978年公開の大島渚監督作品『愛の亡霊』です。当時40代前半に差し掛かっていた彼女が演じたのは、藤竜也演じる若い車引きの情夫と共謀し、年老いた夫を殺害して古井戸に投げ込む農村の女・おせき役でした。
劇団民藝仕込みの品行方正なイメージを完全に脱ぎ捨て、情欲と恐怖に身悶えする濃厚な濡れ場や、狂気へと堕ちていく心理描写を全裸をも辞さぬ体当たりで熱演。この圧倒的な怪演は国内外に凄まじい衝撃を与え、同作は第31回カンヌ国際映画祭で見事に監督賞を受賞しました。映画祭のレッドカーペットにシックな和装で現れた彼女の凛とした美しさは、フランスのメディアからも「東洋の静謐と情念を完璧に体現したミューズ」として大きく報じられました。
この作品により、彼女は日本アカデミー賞優秀主演女優賞をはじめ数多くの映画賞を総なめにし、名実ともに日本映画界のトップランナーとしての地位を不動のものにします。「若い頃のかわいらしい女優」から「人間の業を背負える表現者」へと脱皮を遂げたこの転換点こそ、彼女のキャリアにおける最大のハイライトと言えます。