前述の仏教説話では、兎は月に昇ったものの「餅つき」はしていません。では、一体いつどこから「餅をつく」という設定が加わったのでしょうか。その答えは、古代中国の神話と日本独自の言葉遊び(掛詞)の融合にあります。
古代中国の道教思想や月神話(『淮南子』など)において、月に棲む白兎(玉兎)は、西王母という仙人のために「不老不死の仙薬(不老長寿の霊薬)」を臼と杵で調合して搗いていると信じられていました。中国の宮廷や民俗において、月兎は健康と永遠の生命を象徴する神聖な存在だったのです。
この中国伝説が奈良時代から平安時代にかけて日本へと伝来した際、日本の貴族社会や民間信仰の中で決定的な変化が起こりました。
- 満月を意味する「望月(もちづき)」と「餅つき」の語呂合わせ:陰暦8月15日の中秋の名月に代表される丸い満月は「望月」と呼ばれ、これが「餅(もち)」と同じ音を持つことから、いつしか薬を搗く姿が「餅をつく姿」へと変換されました。
- 豊作祈願と農耕儀礼の結びつき:日本では秋の収穫期に米の豊作を神に感謝する風習があり、神聖な食べ物である餅を神に捧げる文化が、月見の行事と完璧に合致したこと。
- 「食べ物に困らないように」という兎への慈悲:自らの体を捧げようとした心優しい兎が「月では飢えることなく、美味しいお餅を腹いっぱい食べられるように」という後世の人々の祈りと優しさが加わったこと。
このように、インドの宗教哲学、中国の不老長寿信仰、そして日本の農耕文化と豊かな言葉遊びが重なり合った結果、現代の「月で餅をつくうさぎ」という親しみやすい姿が完成しました。