人気絶頂期のヴィッキー・ドゥーガンは、ハリウッド社交界の中心人物としてパパラッチの格好の標的でした。なかでも世界的大スターであったフランク・シナトラとの交際は、連日ゴシップ紙の一面を飾りました。
1950年代半ば、高級ナイトクラブ「モカンボ」や「シロス」に背中を露わにしたドレスで現れる彼女の傍らには、常にシナトラをはじめとする著名人の姿がありました。当時の業界誌の記録によると、彼女の徹底したセルフブランディングと媚びない立ち振る舞いは、シナトラをはじめとする大物たちを強く惹きつけたと伝えられています。
しかし、その強烈すぎるパブリックイメージは両刃の剣でもありました。あまりに「背中のセクシー美女」としての認知が強まった結果、映画製作会社からはシリアスな演技派女優としてのオファーが得にくくなり、1960年代半ば以降は徐々にエンターテインメントの表舞台からフェードアウトしていくことになります。