舞台を降りた後の学業成績も極めて優秀でした。中学校・高校は国立の超難関校である東京学芸大学附属大泉中学校から東京学芸大学附属高等学校へと進学します。同校は全国トップクラスの偏差値を誇る屈指の進学校であり、多才な同級生たちと切磋琢磨する日々を送りました。
高校卒業後は、国内最難関である東京大学文科一類(法学部)に見事合格を果たします。学生時代は学業に打ち込む傍ら、テニスサークルなどに所属し、キャンパス内でもその美貌と聡明さで一目置かれる存在でした。
東大法学部に進学した山尾氏は、次第に「法を通じて社会の正義を実現したい」という強い志を抱くようになり、国内最難関国家資格である司法試験への挑戦を決意します。