鶴川という土地は、日本の近代史において極めて特異なポジションを占めている。その象徴が、終戦直後の激動期に日本の主権回復に奔走した白洲次郎と正子夫妻が暮らした「旧白洲邸 武相荘」だ。カントリー・ジェントルマンの理想を掲げ、土を耕しながら暮らした白洲次郎が愛した鶴川の風土。香山園は、まさにその武相荘から目と鼻の先に位置している。
戦後、文壇や政財界のサロン的な性格を帯びていた鶴川界隈において、武相荘と香山園は互いに呼応するような文化的磁場を形成していた。白洲夫妻が愛でた武蔵野の雑木林の美学と、香山園が体現する端正な日本庭園の美学。この対比は、鶴川が単なるベッドタウンではなく、一流の審美眼を持った人々が選んだ隠れ里であったことを物語る。
小田急電鉄が沿線開発を進める以前の鶴川は、里山と清流が織りなす静謐なトポスだった。香山園の存在は、白洲次郎が愛した当時の空気感を物理的に保存したタイムカプセルに他ならない。町田市が誇る歴史的文脈の中で、この二つの拠点は今も切っても切れない縁で結ばれている。