外見の変化以上に凄まじかったのが、内面へのアプローチだ。伝統的な時代劇の型に安住することを彼は頑なに拒んだ。撮影前には幾度となく鹿児島へ足を運び、現地の空気を吸い、西郷が遺した直筆の書や漢詩を熟読。独特のリズムを持つ薩摩弁を完璧に操るため、寝る間を惜しんで方言テープを聴き込み、最終的には現地出身者すら舌を巻く自然なイントネーションを身体へ染み込ませた。
西南戦争の最終局面、城山での最期を撮る数日間、スタジオ内の空気は完全に張り詰めていた。台本を追う俳優ではなく、時代の終焉を見届ける西郷そのものがそこに立っていたからだ。共演者たちも自然と涙を流し、カットがかかった後もしばらく誰も言葉を発することができなかった。あの場にいた全員が、歴史の現場に立ち会っている錯覚に囚われていた。