波の和柄と聞いて誰もが最初に思い浮かべる半円を同心円状に重ねた幾何学文様、その正式な名称は「青海波(せいがいは)」と読みます。古典文学や歴史の授業で耳にした記憶はあっても、その正確なルーツや名付けの経緯まで把握している方は意外に少ないのではないでしょうか。
青海波の起源は非常に古く、古代エジプトやペルシャ(現イラン周辺)のササン朝美術に見られる幾何学文様が、シルクロードを経由して飛鳥・奈良時代の日本へ伝来したという説が有力視されています。その後、平安時代の雅楽の舞曲『青海波』において、舞人が着用する装束(袍)にこの文様が用いられたことから、演目名がそのまま柄の名称として定着しました。『源氏物語』第七帖「紅葉賀」において、若き光源氏が見事な舞を披露し観衆を感涙させた場面に登場する舞こそが、この『青海波』です。
吉祥文様としての青海波の縁起には、明確な祈りが込められています。どこまでも途切れることなく広がる穏やかな波の重なりは、「未来永劫へと続く平穏無事な暮らし」と「一族や家運の果てしない繁栄」を象徴しています。江戸時代中期の勘三郎狂言の衣装に用いられたことで町人の間で爆発的な大流行を見せ、陶磁器や漆器、手ぬぐいといった日用品へ急速に普及しました。今日でも結婚祝いや出産祝い、長寿祝いの品に青海波が多用されるのは、この普遍的な幸福への祈りが息づいているからです。