祈りの場が増える一方で、インターネット上では礼拝をめぐるトラブルの告発や激しい議論が度々巻き起こっています。ムスリム礼拝ネットの反応を追跡すると、「駅の階段を塞がれて危険だった」「トイレの洗面台が水浸しで使えない」といった実害の指摘から、「日本文化に対する配慮が足りない」という批判的な論調まで、多種多様な投稿が確認できます。
では、ムスリム礼拝トラブル真相はどこにあるのでしょうか。関係機関への取材や現場検証から見えてくるのは、悪意ではなく「宗教的義務の切迫感」と「インフラのギャップ」が生む摩擦です。
典型例として挙げられるのが、公共トイレの洗面台利用をめぐるトラブルです。ムスリムは礼拝前に顔や腕、両足を清める小浄(ウドゥ)を行う必要があります。しかし専用の水場がない一般施設では、トイレの洗面台に足を乗せて洗わざるを得ない事態が発生し、床が濡れたり衛生面で周囲に不快感を与えたりするケースが生じていました。これに対し、現在では足洗い専用設備を併設するプレイヤールームが増加し、物理的な対策が進みつつあります。
もう一つの火種が、非常階段や駅の通路、商業施設のベンチ付近などでの「ゲリラ的礼拝」です。「礼拝の制限時間が迫る中で祈祷室が見つからず、やむを得ず通行の邪魔にならない隅で祈っていた」というのが当事者の証言ですが、通行人にとっては「突然人がひれ伏している」という異様な光景に映り、治安や安全管理上の不安を招きました。SNSでの拡散を通じて過激な排外主義的言動に結びつくリスクも孕んでおり、適切な案内表示やルール周知の遅れが摩擦を増幅させている側面は否めません。