家庭内で生じる理不尽やトラウマを整理する上で不可欠なのは、「悪意による支配」なのか「能力的な限界による破綻」なのかを見極める視点です。いわゆる毒親と知的障害の決定的な違いは、そこに意図的なコントロールや狡猾な自己正当化が存在するか否かという点にあります。
毒親は、世間体を極めて巧みに取り繕いながら、家庭内という閉鎖空間でのみ子どもを心理的に支配・搾取する傾向を持ちます。一方で、知的障害や境界知能を抱える親の場合、そもそも社会的な規範や手続きの仕組み自体を理解できていないケースが大半です。悪意がないからこそ、外部からは「少し不器用だが優しい親」と誤認され、結果として子どもが一人で家事や手続きを背負い込む構造が固定化されます。
とりわけ境界知能の親はおかしいのかという問いに対しては、社会的な制度の狭間が大きく影響しています。知的障害の基準値(一般的にIQ69以下)には該当しないため療育手帳の交付を受けられず、福祉支援の手が差し伸べられないまま社会に出て家庭を築いた層が一定数存在します。複雑な現代社会の制度運用に追いつけず、親自身が極限のストレスに晒された結果、家庭崩壊を引き起こす構造が浮き彫りになっています。