ネット上のQ&AサイトやSNSでは「徳川家康の墓はどっちが本物でどっちが偽物なのか」という極端な議論が散見されます。しかし、この二項対立の捉え方自体が、当時の死生観や宗教観から乖離した誤解です。
江戸初期の日本人の精神構造において、「肉体(魄・はく)」と「魂(魂・こん)」は明確に区別されていました。肉体を久能山の聖地に留めて地脈を守護させつつ、昇華した神霊(東照大権現)を日光山に祀って国家全体の防壁とする——この二段構えの配置こそが、天海や家康自身が意図した完成形でした。したがって、「久能山も日光も、双方が異なる役割を持った本物の墓所である」というのが歴史学的な正解です。
また、日光東照宮の奥社宝塔は昭和や平成の修理時にも地下の発掘調査は一切行われておらず、不可侵の聖域として厳重に守られています。この「神秘性の維持」こそが、400年以上にわたり徳川の権威を保持し続けた知恵と言えます。