国民的グループとして栄光を極めたドリフターズですが、その歴史は別れと喪失の連続でもありました。メンバーそれぞれの足跡と旅立ちの経緯を整理したのが以下の比較表です。
2004年、グループの支柱だったリーダー・いかりや長介さんが食道がんから転移した悪性腫瘍のため72歳で逝去。病床にあってもコントの構想をノートに書き留めていた姿は、自著『だめだこりゃ』に記された通り、生涯一芸人としての矜持でした。
そして2020年3月、日本中を激震が走ったのが志村けんさんの急逝です。世界的な感染拡大初期における新型コロナウイルス肺炎により、70歳で突然の別れとなりました。最期の対面すら叶わなかった加藤茶さんは、追悼特番の弔辞で「志村、ひどすぎるぞ、お前。俺たち4人を残して先に行くなんて…」と涙を流し、その悲痛な叫びは日本中の涙を誘いました。
さらに2022年10月、仲本工事さんが横浜市内の交差点で歩行中に車にはねられ、急性硬膜下血腫のため81歳で亡くなるという痛ましい事故が発生しました。報道各社によると、現場は横断歩道のない交差点であり、直前に報じられていた生活環境の変化なども含めてメディアで大きな議論を呼びました。音楽的な才能とアクロバティックな身体能力でドリフのクオリティを底上げしていた仲本さんの急逝は、残された加藤さんと高木さんに計り知れない衝撃を与えました。