自然界において、バラ科の植物は青色色素である「デルフィニジン」を合成する酵素遺伝子(フラボノイド3',5'-水酸化酵素)を持っていない。どれほど交配を重ねても、赤や白、黄色の色素を掛け合わせるだけでは、青いバラを生み出すことは不可能とされていた。そのため、19世紀から20世紀にかけての西洋の花言葉辞典において、青いバラには「不可能」「存在しないもの」「叶わぬ恋」といった、手に入らない切なさを象徴する言葉が割り当てられていた。
この植物学的な常識を覆したのが、日本のバイオテクノロジーだった。青いバラの青色遺伝子の歴史を紐解くと、1990年にサントリーとオーストラリアのバイオベンチャー「フロリジン(Florigene)」が開始した共同研究プロジェクトに行き着く。世界中の研究機関が挑んでは敗れ去ってきた「青いバラの創出」に、両社は遺伝子組換え技術を武器に真っ向から挑んだ。
ペチュニアやパンジーなど他の植物から青色遺伝子を抽出し、バラのゲノムへ正確に導入して青色色素を発現させる試みは、極めて難航を極めた。遺伝子が正常に機能しなかったり、発現してもバラ本来の液胞のpH(酸性度)の影響で色が青くならず紫がかったりと、幾重もの障壁が立ちはだかった。しかし、研究開始から14年もの歳月と約30億円に及ぶ研究開発費を投じた末、2004年、ついに花弁にデルフィニジンをほぼ100%蓄積する青いバラの開発成功が公式発表された。
「不可能を可能にした」という科学史に残る大快挙を受け、日本の園芸界やフラワーデザイン業界では花言葉の見直しが行われた。これまでのネガティブな言説は一掃され、青いバラの花言葉「夢かなう」、そして「奇跡」「神の祝福」という全く新しい祝福の言葉が誕生した。科学の執念が、数百年続いた言葉の定義そのものを書き換えた瞬間だった。