本作を語る上で避けて通れないのが、前作から約6年もの制作期間を要したオリジナルアルバム『834.194』の存在です。このタイトルの数字は、山口一郎の出身地である北海道小樽市にある実家から、彼らが拠点とする東京のスタジオまでの距離(834.1km)と、その逆の距離(194.8km)を意味しています。
メディアのロングインタビューやラジオ番組で山口自身が吐露したところによると、当時のバンドは「ポップスとアンダーグラウンドの融合」という命題の中で極度のプレッシャーに直面していました。ヒット曲を求められるメジャーシーンの重圧と、純粋な音楽的探求の間で心が摩耗する中、「あえて今、自分たちが子供の頃に浴びた1980年代の純度100%のポップスを本気でやり切る」という逆転の発想から「忘れられないの」の骨格が生まれました。
自著や当時の手記で語られた「言葉が出てこない恐怖と戦いながら、一行一行を削り出すように書いた」という告白は、楽曲の持つ軽快さとは裏腹な壮絶な産みの苦しみを物語っています。「忘れられないの」というフレーズは、創作の深淵で立ちすくむ自分自身に向けた、諦念と決意が入り混じった祈りの言葉でもあったのです。